「エヴェレスト 神々の山嶺」感想


 第11回平成10年度柴田錬三郎賞を受賞した夢枕獏原作の小説を、必死剣鳥刺し平山秀幸監督岡田准一×阿部寛主演で映画化。

 ビジネスジャンプに連載されていたコミック版は、随分前に読了済。ストーリー面等、原作小説との大小の差異は存じ上げないが、それにしても色々端折り過ぎでは?というのが第一印象。
 あまり原作厨のような事は言いたくはないが、2時間ちょっとのフィルムに収めるためとはいえ、説明不足で掘り下げの弱い部分が多く、オリジナルとはまったく違う内容に変貌してしまった観すらある。おそらく、観る人によっては主人公二人が、ただのクレイジーなクライマーとしか映らなかったのでは、という懸念を覚えてしまった。

 確かに、山に魅せられ、エベレスト冬季単独登攀という野望に取り憑かれた天才クライマー・羽生演じる阿部寛と、彼を追ううちに、その山への執念と生きざまに感化、魅了されていく登山カメラマン・深町演じる岡田准一くんは素晴らしく、人間の極限と前人未踏の偉業に挑む姿を、鬼気迫る表情で熱演するとともに、登山という一見すれば何の生産性も意味もなく、まして生命の危険と隣り合わせである行為に、人生と己の存在意義全てをぶつける男達の内なる魂さえも体現しきったと評する。
 また、一部ながら実際のエベレストで撮影された景観も美しく、圧倒的に雄大でどこまでも無慈悲な自然を相手にする、人間の業と愚かしさ、そして不可能を越えようとする勇敢さをも内包、どこか哲学にも似たスケール感を、見事表現してみせてくれた手腕には、素直に賛辞を贈りたい。

 が、それら演者及びスタッフの尽力が、必ずしもプラスに働いているかと言われれば、さにあらず。むしろ、登場人物の内面や相関、例えば深町の私生活、羽生とライバルクライマーとの因果関係等、要所要所での描写の甘さ、すっ飛ばしが目につき、結果、熱意が空回りしているように見受けられたのは、非常に痛い。
 本来なら、流行りの前後編モノか、ドラマシリーズでじっくりとやるべき内容を、予算の都合か映画一本に無理やりまとめてしまったが故の弊害と言わざるを得ないが、おかげで、全体的にユーザー置いてけぼりの、場合によってはかなり意味不明な、異次元人同士のやりとりを見せられている感覚に襲われてしまった。
 クライマックスなど、どうして極寒の猛吹雪の中で鼻水とよだれが凍らないのはさておき岡田くんの役者としての力量とまざまざと見せつけてくれる良シーンであるはずなのに、上記した展開を踏まえると、完全に「お前は何を言っているんだ?」状態。その後、謎の雄叫びとともにエンドロールと、イル・ディーヴォが歌う壮大な「喜びのシンフォニー」が流れ始めても、観ている側には、ただひたすら自己満足とエゴイズムを突き通しただけにしか見えなかったのでは。

 人類史上空前絶後の挑戦を描いたはずが、いつの間にか新興宗教にハマった知人を追いかけているうちに、自分もどっぷりハマってしまった人の話のようになってしまった具合。監督といい、出演者といい、良い人材が揃っていたのに、何とも勿体ない出来だった。

 余談だが、本作の内容にも大きく関わっている、登山家ジョージ・ハーバート・リー・マロリーのあまりにも有名な言葉「そこに山があるからさ」「山」とは、本来エベレストのみを指す、らしい。
 何でも、1923年3月18日付けのニューヨーク・タイムスの記事で、「なぜあなたはエベレストに登りたかったのですか(Why did you want to climb Mount Everest?)」との問いに、「そこに(エベレストが)あるから(Because it's there.)」と答えたのが、そのまま伝わったとの事。また、彼をよく知る者によれば、単にエベレストに登る事が目的ではなく、誰も成し遂げていない偉業、すなわち人類初登頂こそ、その言葉の真意ではないか、とも。
 ついでに言うなら、そもそもこれはマロリーの言葉ではなく、別の登山家が新聞記者達に毎回同じような質問をされるので、面倒くさくなって「山がなきゃ登れねぇだろこのスカタン的な皮肉を込めた言い回しをしたのが、何故かいい感じに解釈された挙句、いつの間にかマロリーの発言とごっちゃになった、という説も。

 とまあ、割とどうでもいい豆知識をひけらかしたところで、今回はこの辺で。

 ☆☆☆★★−−

 前の「エベレスト3D」の方がまだ良かったかも…。星3つマイナスマイナス!!

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