「レヴェナント: 蘇えりし者」感想


 マイケル・パンクの小説「蘇った亡霊:ある復讐の物語」を、バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督ウルフ・オブ・ウォールストリートレオナルド・ディカプリオ主演で映画化。西部開拓時代に実在した罠猟師ヒュー・グラスが、復讐のため極寒の荒野を旅するノンフィクション。

 熊に襲われ、瀕死の重傷を負いながらも、目の前で最愛の息子を殺した相手に復讐するべく、満足に動かせない体を這うようにして、その後を追い続ける男の姿を描いた、非常にシンプルながら、「凄まじい」としか言いようのない一本。

 まず何を置いても、主人公ヒュー・グラス演じるレオナルド・ディカプリオの熱演、否、そんな形容すらも生温いと感じさせる、さながら「狂演」と評すべき、恐ろしいまでの存在感。
 凍った川に浸かり、生肉を喰らい、動物の死体の中で眠るといった、映画史上類を見ない過酷なロケをこなす役者魂もさる事ながら、身動きできない体のまま、相手を睨みつける表情だけで刻み付けるような激しい怒りと憎しみ、あるいは絶望を表現してみせる様は、今まで観てきた「渾身の」「鬼気迫る」「迫真の演技」が霞んでしまうほど。
 すべてを失い、ただ憎しみと執念のみを命の灯に代え、広大な雪原を彷徨い歩く男の姿は、大自然からすれば、ちっぽけでいつでも捻り殺せるはずの矮小な生き物であるはずの、しかしたった一つの執着にすがる事で、残酷すら乗り越えてみせる人間の生命力と、もっと根源的でプリミティブな、知性と本能をも越えた領域さえも体現。今さらながら、この湧き上がる恐怖や畏敬にも似た感情を、正しく言葉に出来ない自らの語彙力のなさに、恥ずかしさを覚えるが、彼の悲願であるアカデミー主演男優賞受賞も納得、むしろこれ以外とこれ以上に何があるのかと断言できる、最高のパフォーマンス。
(ちなみに、レオ自身はベジタリアンで、劇中で生肉を吐き出すシーンは、演技ではなくガチのリアクションだったとか)

 また、たき火のシーンなど、一部を除いてほとんど照明を使わず、自然光、特に一日に一時間半前後しかないといわれる「マジックアワー」での撮影にこだわるといった、気の遠くなるような撮影プラン、及び効果的に挿入される長回し等、物語を間近で、しかしあくまで達観的に見つける「もう一人の主人公」とも言うべき巧みなキャメラワーク、坂本龍一教授の完成された劇中曲と、それに相乗するように重なる、日光に溶ける雪、木々のざわめき等の自然界と音、それらが混然一体となり、一つの揺るぎない、美しくも慈悲のない作品世界を、完璧に構築している。
 ここで勘違いしてはいけないのは、傍から見れば常軌を失したかのようなこれら要素が、単にそうするのが目的だったわけではなく、この物語を最良、最高の形でフィルムに収めるために、必要だったからに他ならない点。ただ過酷なだけなら、たけし軍団ダチョウ倶楽部が毎日のようにやっているが(エー)、それだけなら「こんなに頑張ったよ」という自己満足に過ぎない。燃え滾るような命の熱量と鼓動、そして雪と氷と静寂に閉ざされた世界とのコントスラストも含め、この方法でなければ、本作の完成と成功はあり得なかったに違いない、言うならば「必要最大限の仕事」と断ずる。

 考察してみる。ヒューにとって息子を殺した張本人であり、本作の悪役に相当する、トム・ハーディ演じるジョン・フィッツジェラルドは、果たして本当に単純な「悪」なのだろうかと。
 確かに、自身の身の安全のために、死にかけの、それも反りの合わない罠猟師を置き去りにし、さらにその息子を邪魔だという理由で手にかける事は、どう考えても人道に悖る行為である。しかし、社会や組織から解き放たれた、まったくの一個人として見た場合、もっとも守るべきは自分と自分の大切な者の命に違いない。子連れの熊と同じく、それを脅かすモノ、あるいは危険に晒すモノがあるなら、できるだけ速やかに排除するのが、非情な言い方だが適切である。
 彼等を激しく憎み、見つけ次第蛮族のごとく襲い掛かってくるアリカラ族もまた、先祖伝来の土地に勝手に踏み入り、獣や資源を奪っていく悪党どもに、怒りの鉄槌を喰らわしているに過ぎない。何も殺す事はない、という意見もあるだろうが、そもそも文明人とはまったく異なる倫理観、社会性を持つ彼らに、同じ価値観を強要する事自体、ナンセンスである。
 もちろん、それが正しい、罷り通って然るべきという意味ではない。そうした考え方、生まれ、倫理、信仰の異なる者達が、それぞれの立場から感情の赴くまま、恣意的に行動し、時に相手を排除しようとする愚かしさを、自然という大いなる視点から捉え、同時に個々に宿る魂の尊さを見つめ直す事こそ、本作の意義であり、真のテーマではないかと察するが、いかがだろうか。

 なんとも矛盾した表現だが、つまり本作は、一人の哀れな男の視点を通じ、自然の驚異と美しさ、善悪では図り切れない業と罪、そして命の力強さ、躍動を高らかに謳い上げるとともに、見えざる神を見えざるままに映像への具現化を試みた作品と評したい。

 ジャンルと方法は違えど、ズートピアと同様、映画の可能性をまた一つ指し示してくれた傑作。こんな素晴らしい作品を立て続けに観られるとは、映画ファン冥利に尽きる。観終わった後、立ち上がれなくなるほどに圧倒される事必至なので、足腰の弱い方はご注意を(笑)。とにかく、必見。

 ☆☆☆☆★+++

 本当は5つでもいいぐらいだけど、万人向けとは言い難いんで、少し抑え気味の星4つプラス3つ!!


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