「ギャラクシー街道」感想


 「ステキな金縛り」「清須会議三谷幸喜監督&脚本最新作。西暦2265年、木星土星の間に浮かぶスペースコロニー「うず湖」と地球を結ぶスペース幹線道路ギャラクシー街道の中央でひっそりと経営するハンバーガーショップを舞台にした、登場人物オール宇宙人のスペースロマンティックコメディ(監督曰く)。

 一言で表現するなら「無」。面白いとかつまらないとか、ストーリーがどうだとか演者の芝居がどうとか以前に、文字通り何も無い。一条の光すらも存在しない、漆黒にして絶対零度、虚無の宇宙空間へ放り込まれたような約2時間。
 これまで数々のヒット作を世に送り出してきた同監督にしては…などという生易しいレベルではなく、冗談抜きでそれまで積み上げてきたキャリアすらも危うくさせる、ある意味ブラックホール級の破壊力を持つ、恐ろしい出来だった。

 まず何が酷い…というより、画面に映る全てのモノが絶望的に酷いので、どこから手を付けたらいいのか分からない有様。宇宙を舞台にしながら、半世紀以上前のホームドラマを髣髴とさせる、レトロを通し越してただただ古臭いだけの雰囲気に、今日日三流大学映画サークルの自主製作映画だって使わないような安っぽいセット。登場する宇宙人はキャストの豪華さに反比例して、そこいらのハロウィンのコスプレの方がまだマシと思える、やっつけ仕事。

 ストーリーもあってないようなモノで、監督お得意の細かい伏線や、バラバラのパーツが終盤一気に収束していく爽快感も皆無。キャラクターに至っては何のためにいるのか存在理由が不明な上、まるでネタ見せ番組で一瞬だけ出てきて一瞬で消えていく自称お笑い芸人のような出オチ重視がほとんど。ただうるさく、ただウザいだけで、面白くないどころか観ていて不快な気分になる事もしばしば。

 宇宙の隅っこの寂れたハンバーガーショップにたまたま集まった人々、と言えば聞こえはいいが、実質まとまりや必然性は全くなく、オチから逆算して無理やりそこにポジショニングされた観アリアリ。かつて「ステキな金縛り」で、落ち武者の幽霊を裁判の証人として召喚するという前代未聞のアイデアを、完璧以上に使いこなして我々を驚かせてくれた監督が、こんな素人じみたミスを犯すとは、真に信じがたく、受け入れ難い。
 せっかくの豪華キャストも、あれでは顔を揃えるだけ制作費のムダ。いっそ、オーディションで全員無名の新人を連れてきて、顔をメイクとマスクで隠して演じた方が、少なくとも経歴に傷がつかない分、まだマシだったかもしれない。
 何かしらの思惑があったにせよ、バック・トゥ・ザ・フューチャーPart2」で描かれていた未来であるこの時代に、あんな80年代初頭の大林宣彦監督作品みたいな道化師や、どこのローカルCMだよってレベルのしょぼいアニメ合成で、一体誰が笑うと思われたのか。一度マウントポジションから顔面パンチを見舞いながらお伺いしたい。

 遠藤憲一の産卵シーンや、キャプテンソックスの件等、多少なり笑える箇所もなかったわけではないにせよ、そのどれもが低俗なバラエティ番組の延長のような、おおよそ映画館で金を払って観る程度には及ばず。会話劇については言わずもがなで、ましてギャグは滑り倒し、というより、ギャグである事にすら気がつかないお粗末さ加減。ありとあらゆる歯車が、どれ一つとして噛み合う事なく、ひたすら錆び軋んだ異音を響かせながら回り続けている様は、下手なホラーを遥かに凌駕する悪寒と恐怖の坩堝であった。


 邪推してみる。あの天下の三谷幸喜監督が、物語の基本5W1Hをしっかりと守りつつ、その奇想天外な発想で常に最上級のエンターテイメント作品を提供してくれた、あの日本映画界が誇るトリックスター三谷幸喜監督が、本作で意図した事は何か。
 かつてロックバンド「LUNASEA」は、自分達の音楽性を極限まで追求するために、一度それまで培った技術やテクニックを捨て去り、「これがLUNASEAオリジナルの音だ」とそれぞれが納得できるまで奏法を磨き直したという(ドラムの真矢・談)。熟練の料理人が、素材の味を最大限に生かすために、あえて最小限の調理と味付けに留めるように、ベテランレスラーが、マットレスリングとドロップキックだけで観客を沸かせる試合を見せるように、監督もまた、己の映画道・コメディ道を突き詰めるため、あえて今までの技法やテクニックを捨てたのだとしたら。
 広大な宇宙を舞台にしながら、その片隅にある小さなお店をメインに置く天邪鬼な発想と、舞台劇を思わせるオーバーなリアクションと台詞回しと同じく、このネタに対しこういう返しが来るだろうとする観客の予想を、あえて裏切る、あるいはまったく関係のない方向へと投げ飛ばすような作風を見るにつけ、おそらくは予定調和やお約束を破壊し、もう一度「観客を笑わせるとは何か」という原点に立ち返った、監督なりの仮説が、本作なのではないだろうか。

 とはいえ、その結果出てきたコレを、小生は音楽とは程遠い不気味な不調和音を奏でる、肉や魚を薄い塩水で煮ただけの半生の、オチもカタルシスもない、もはやコメディと呼ぶべきなのかさえ判別不能の、意味不明な何かと、評さざるを得ない。ともすればこれは、日本映画史に残る、新しい形の悲劇なのかもしれない。一ファンとして楽しみにしていただけに、ただただ、残念としか言いようがない。


 余談を言えば、例えば「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」よろしく全編ワンカット、または作中の時間が上映尺とリアルタイムで進行する、とすれば、少しは観られるモノができたのではないか。…いや、元がダメだから、何を足しても無駄か。

 全編通して、良かったのは綾瀬はるか優香のオッパイだけ。もし諸兄姉の中に同監督のファンがいらしたら、悪い事は言いません、今回はやめときましょう。時間とお金だけじゃなく、あなたの内側にある大事な何かまで、一緒に失われていく事必至です。

 みんな、命は大切に!!

 ☆★★★★

 今年のワースト3入り、ほぼ確定。星1つ!!(ちなみにぶっちぎりのワースト1位は「ストレイヤーズなんちゃらクロニクル」ね)