「アメリカン・スナイパー」感想


 イラク戦争に4度従軍、160人以上を射殺した伝説の狙撃手クリス・カイルの自伝を、許されざる者クリント・イーストウッド監督世界にひとつのプレイブックブラッドリー・クーパー主演で映画化。

 ジャージー・ボーイズから約半年、またしても名匠がやってくれた。若者でも心身ともに過酷を究めるのであろう撮影を乗り切る、半寿を越えた爺様とは思えない驚くべきバイタリティもさる事ながら、重厚且つデリケートなテーマを壊す事なく、しかしエンターテイメント作品としてこの上ない出来に仕上げる熟練の技は、もはや他の追随を許さないレベル。
 半世紀以上ハリウッドのトップを走り続けてきた男だけが到達できる、まさにリアル・リビングレジェンドの領域と断じてしまいたい。

 さておき。米軍内部では「伝説」と称され、敵軍からは「悪魔」と呼ばれ、高額の報奨金をかけられていたというクリスの半生を描いた本作。父親から狩猟を教わっていた幼少期にはじまり、海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊するまでの経緯、愛する妻との出逢い、そして戦場での活躍と、それによって心を蝕まれていく様子を、スピーディ且つ丁寧に、キャメラに納めている。

 戦場の臨場感、スナイピング時の緊張感は言わずもがな、妻と子供がいる幸せな家庭と、一瞬のミスが命取りになる前線とのコントラストもうまく、徐々にその境界が崩れていく事で、壊れていくクリスの精神を表現している点も見事。そんな夫の姿を哀しみつつも、変わりない愛情を抱き続ける妻の存在が、ともすれば異常者にすら思えてしまう彼の言動を、当たり前の人間に訪れた悲劇だと、観客に伝える役割を果たしているようにも感じられた。

 中でも特に注目したいのは、このクリス・カイルという男が、その功績や殺害した人数に関わらず、英雄や、まして血の通ってない悪魔などではない、上記したとおりまったくごく当たり前の、どこにでもいる普通の夫であり、父親であり、誰かの友人として描いている点。
 愛国心に燃える男が、その狙撃の腕で仲間の命を守ってきた事を誇りに思いつつ、払拭しきれない罪悪感や背徳、あるいは恐怖にも似た感情に苛まれていく様を、卓越した演出で掘り下げながら、どこか一定の距離を置いたような、あくまで感情移入しきらない第三者的視点を保っていた観があったのも、実はその証左であると同時に、彼もまた戦争の犠牲者の一人である事を表す監督の優しさと、勝手に推察してみる。

 任務のためとはいえ、爆弾を抱えた子供や、その母親まで射殺しなければならなかったクリスの心中を慮れば、狂気に取り憑かれるのも無理からぬ事だろう。事実、従軍した兵士を多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害に罹患し、自殺する者も少なくないという。
 単純なアメリカ万歳ではなく、無論戦争ゴメンナサイ映画でもない。監督自身、(イラク戦争を含む)外征戦争に反対してる点からも、戦争という異常な事態が、一人の人間を内外から破壊し、時には個人の思想や理念すらも大きく捻じ曲げてしまう事を、本作は実在した「英雄」の姿を借りて物語っているように思えた。

 平和な日本国で暢気に暮らす我々が何を言っても、所詮は机上の空論かもしれないが、自衛隊員の中から「和製クリス・カイル」が生まれない事を、ただただ願う。

 さて、これ以上書くと、だんだん陳腐になってしまうのが目に見えているので、このくらいで留めておこう。とにかく必見!

 ☆☆☆☆★

 無音のエンドロール含めて、完成された作品。星4つ!!