「白ゆき姫殺人事件」感想


 「告白」で知られる湊かなえ原作のミステリー小説を、ゴールデンスランバー中村義洋監督「八日目の蝉」井上真央主演で映画化。

 出版されている著書はほぼ全て購入・読了済み、自他ともに認める湊かなえファンである小生だが、正直本作の映画を聞いた時は、嬉しいと思う半面、小説ならではの面白さに加え、読み物としてはやや変化球とも言える原作の手法を、映像で再現できるのかという不安が、真っ先に頭をよぎった。
 小説にせい漫画にせい、これまで何度となく「あの国民的大ヒット作、待望の映画化!」なんてフレーズに淡い期待を抱き、同時に何度となくそれを木っ端微塵に打ち砕かれてきた苦い経験のせいで、我ながらムダに賢しくなり、必要以上に身構える癖がついてしまった。かくして、今回もまた期待半分、不安半分での鑑賞となったが、そんなものはただの杞憂だったと、上映から数分で思い知らされた。

 文句なしに面白い。「告白」に勝るとも劣らない…は、少々褒めすぎにしても、今年観た映画の中ではダントツの出来。

 ある美人OL殺害事件を中心に、事件を真相を探るべく取材を続ける報道ディレクターと、彼の取材によって得られた関係者の多種多様な証言、そして、容疑者と目される被害者の同僚の失踪が、複雑に交錯する様を描いた本作。会社の後輩や上司、はては同級生と、証言者による虚実紛々な印象、捉え方ひとつで、目まぐるしく変わっていく容疑者と被害者の人物像と行動理念はもちろん、ツイッター上で無責任に展開される議論合戦が混乱に拍車をかけ、真実とは大きくかけ離れた、得体の知れない魔物のような空想の物語が形作られていく様子を、淡々とした、しかしどこか突き放したようなシニカルな視点でキャメラに収めている。

 作中にも登場する「白ゆき姫殺人事件」というタイトルがまた秀逸で、一見して安直且つ幼稚な語感ながら、大衆のやじ馬根性を否応なく焚きつけ、ともすれば、まるで事件の裏にとてもなく大きな影が潜んでいるのではないかと想像させるキャッチコピーとして、見事に作用している。

 さて、以前から思っていたことだが、原作者である湊かなえという御仁は、大した知恵も知識も経験もないくせに、自分は常に正しい、間違える事などありえないと、根拠なく妄信しきっている連中に対し、「馬鹿じゃねぇの」冷や水をぶっかけたい、より悪い言い方をすれば、そういった浅ましさを白日の下に晒し、言葉を失い、赤面して項垂れる事しかできなくなった連中に対し「ざまあ見ろ」と吐き捨てたい人なのではないだろうか。
 馬鹿がよく使うフレーズの一つに、「どうせ〜だろ」があるが、ほとんどの場合それは大した根拠もなく、自分の勝手な憶測と願望(なぜか、自分にとって気に入らない状況、不機嫌になる事態が多い)をさも絶対であるかのごとく決め付け、暴力的に吐き出される。さらに悪い事に、一度その言葉を発すると、それ以外の考えを一切シャットダウンし、反省はおろか聞く耳すら持たなくなるから、実に厄介である。
 ためしに、諸兄姉の周囲でやたら「どうせ」を連発するヤツを思い出していただきたい。そんなヤツは、「どうせ」人間的にも知能的にも最底辺レベルのはずである。

 本作でもまた、誰もが恋をする絶世の美女である被害者と、様々な事情から容疑をかけられる同僚に対し、功を焦る契約映像ディレクターの偏った見解と、その取材によって編成された偏った報道と、その報道を見た二人の関係者のさらに偏った虚々実々な証言により、文字どおり御伽噺のごとき偶像が、ネット上はもとより大衆へと蔓延する。「どうせアイツが殺した」「どうせ動機は嫉妬だろ」「どうせ怖くなって逃げた」の、まさに「どうせ」の負の連鎖。
 しかし、実は本当の事なんざ当人以外は与り知らないわけで、まして個人の考えや嗜好など、他人に分かるはずがない。それがどんなにくだらない、人から見れば取るに足らない些細なモノであっても、妄想と偏った知識を駆使したご立派な持論など、真実の前では波打ち際に築いた砂の城も同義。

 人はみな、自分を常に正しい側、優位な立場に置きたいと考えるものらしい。逆に言うなら、大衆は常に自分を正しいと思わせてくれる相手、すなわち「悪」と呼ばれる標的を求めているとか。
 若干ネタバレになるが、事件解決後、あれだけ一緒になって騒いでいた連中が一気に手のひらを返し、次の「どうせ」のターゲットにする生贄を、ごく自然に選出し、攻撃する連中と、そういった連中を批判する事で、自分を正しい側に置こうとする連中との寒いイタチゴッコが繰り広げられる。つまりは、大衆にとって人一人の命や一生なんぞ、自分とはまったく無関係なテレビの向こう側の出来事であると同時に、自分を正義を証明させるための舞台装置の一つにすぎないのかもしれない。
 もし、そんな薄っぺらい人間になりたくないなら、物事をちゃんと耳で聞いて、目で見て、心で感じて、頭でしっかりと考え、何が正しくて何が間違っているのかを、冷静に見極めなければならない。そして何より、知らない事には首を突っ込まない、特にネット上では、憶測だけでいらん事を言わないように心掛ける。作者が本作に皮肉とともに込めたのは、おそらくはこんなメッセージではないかと、小生は考える。まあ実はそれすらも、作者の手の内で転がされた、薄っぺらい考えかもしれないが(笑)。


 さておき、ついでにもう一つ。毎度の事ながら、やはり井上真央の存在感は素晴らしい。どう考えても普通以上に可愛く、ついでにオッパイもデカいはずなのに、地味で目立たない、根暗オーラ全開のOL役を好演。加えて、回想シーンで包丁を振り回す鬼の形相と、ホテルの個室で一人静かに涙を流す悲しみの表情を、見事に使い分ける演技力もさすが。
 最後のセリフも、額面通りに受け取れば彼女の優しい人柄を表す一言に思えつつ、少し深読みするととてつもなく恐ろしい言葉にも受け取れる、まさしく彼女ならではのカット。ちなみに余談だが、被害者役の菜々緒も確かにかなりの美人ではあるが、ぶっちゃけ二人のうちどっちか選べと言われたら、小生は間違いなく井上真央を選ぶ(笑)。


 事件の報道のされ方、ネット住民の扱い等、やや過剰に味つけされた観はあるものの、原作の良さをうまく取り入れつつ、映像ならではの解釈・補完もなされた良作。湊かなえファン、井上真央ファン、ミステリー好きなら観て損なし。

 なお個人的には、次は「母性」「少女」の映像化を願いしたい。特に「少女」は、思いきってノイタミナ枠辺りの1クールアニメでやっても面白いんじゃないかと。アニヲタからの評判は悪そうだけど(笑)。


 ☆☆☆☆★

 ポロリはないけど、菜々緒の尻チラはあるよ(エー)、星4つ!!



 ちなみに、本作で芹沢ブラザーズを演じた音楽ユニット・TSUKEMENのバイオリン担当TAIRIKU(タイリク)は、さだまさし先生のご子息です。

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