「百日紅 〜Miss HOKUSAI〜」感想


 時代考証家としても知られる漫画家・杉浦日向子原作のコミックを、「カラフル」原恵一監督真夏の方程式杏主演(CV)で長編アニメ映画化。

 江戸時代末期の天才浮世絵師・葛飾北斎と、その三女で同じく浮世絵師のお栄(後の葛飾応為)を中心とした日常を、四季の景色とともに描く本作。
 まず何をおいても、絵師の物語だけに、作画の素晴らしさは秀逸。普段の何気ない仕草等、登場人物の「芝居」の上手さはもちろん、後述するキャメラを意識した写実的な描写の中に、浮世絵や日本画を彷彿とさせるカットをあえて盛り込み、江戸の庶民の暮らしを、より活き活きと映し出す事に成功している。
 特に、作中に何度も登場する、橋の真ん中で行き交う人々を眺めるシーンは、お栄の視点を通じてそこに生きる人々の悲喜にスポットを当て、当たり前の日常の中に潜むドラマを切り取り、フィルムへと納めている事も象徴でもあるように感じられた。

 また、親子で絵仕事をこなしたり、夜中に火事見物に出かけたり、時には恋をしたり悩んだりといった、お栄達の当たり前の生活を、入念な時代考証が行われたであろうリアリティを持って観せる一方、妖怪や物の怪の類を巧みに使い、あの時代ならそういうモノがいてもおかしくないと思わせる、ファンタジックな一面をも齎している点は、さすが原監督といったところか。
 隙間なくキッチリと組み立てつつ、あえてこうした「遊び」の部分を持たせる事で、単純なリアリズム以上の世界観を紡ぎ出す。誤解を恐れず言えば、このアンバランスさを意図的に取り入れることで、実写では成し得ない、アニメーションならではの美しさを形成しているのではと、素人ならば勝手に察してみる。
 そう考えると、一見不釣合いのような作中のロック調のBGM、あるいは椎名林檎が手がけたEDも、その一端を担っているようにも思える。


 聞くところによると、原監督自身にいわゆるヲタク的趣味はなく、特にアニメというジャンルに強いこだわりはないという(その意味で、実は富野由悠季監督の感覚に近い人なのではと、勝手に思っている)。あくまで個人的な邪推だが、そんな同監督が、本作をアニメ作品として発表した意義は何かと考えるに、実写映画の横に堂々と並べる作品、俗な言い方をすれば、本気で殴りあえる作品を目指したのではないか。
 未だに世間体では、アニメ映画は子供かヲタク向けというイメージが強く、事実、クールジャパンなどと騒がれながら、実際に客の入るアニメ映画は、ジブリドラえもん「コナン」といった老舗のキッズ向け、またはごく一部の特典付きヲタク向けがほとんど。そこから外れた作品の多くは、どんなに優れた作品であっても、双方からスルーされる事が当たり前となっている。
(悲しいかな、小生と同じく映画ブログをされている方にも、そういう人は多い)

 そんな風潮に対し、アニメでもこれだけの事がやれるんだと見せつけるかのごとく、しかも世間的にもある程度ネームバリューのある監督がぶち上げたのは、ちょっとした事件と言っていい出来事である。
 余談だが、去年のマイベストムービーの一本であるたまこラブストーリーが、極めて実写的なキャメラワークと演出にこだわる一方、意図的にアニメらしいディフォルメや「萌え」要素(原監督は、それらを「アニメ特有の気持ち悪さ」と呼んでいるそうだが…)を取り入れる事で、実写では描ききれないアニメ表現を確立したのに対し、本作はまったく逆に、アニメらしい演出を極力排し、徹底した写実性を追及しつつ、上記した「遊び」を加える事で、同じく「当たり前の日常」をアニメ作品へと昇華させている。
 つまりこれは、件のジブリは観るけどアニメは観ない」という人達に対し、俯瞰の視点から「こういうモノもあるよ」と投げかけられる、監督なりの仮説ではないかと思うが、いかがだろうか。

 惜しむらくは、これだけの仕事にも関わらず、この作品を受け容れられるほどユーザーの土壌が成熟しておらず、且つ、そういった方々にとって、お世辞にも分かりやすい内容ではないという点。批判覚悟で書かせていただけば、察するに「当たり前の日常」をこれほどまでに繊細に描きつつ、トンでもない事を色々やっていながら、その「トンでもなさ」を十全に理解できる人は、小生を含めそう多くはあるまい。
 それでも、否、そうだからこそ、本作にはできるだけたくさんの人に観てほしいのだが…。

 ↓の点数が思いのほか低めなのも、その辺を踏まえてである事を、予めご了承いただきたい。もしかしたら、本作が真に評価されるのは、今から数年後かもしれない。早ければ、来年の秋頃かも。理由はまあ、ご想像におまかせしますわ(笑)。

 ☆☆☆★★+++

 心情的にはもう星一つつけないけど…。でも、ものすごく好きな作品。星3つプラス3つ!!

 再び余談。本作の簡単な感想をツイッターでつぶやいてみたところ、フォロワーさんから「絵師の話だからこそ、アニメである必然性があったのでは」というご指摘を受ける。
 なるほどと納得すると同時に、そこまで考えの及ばなかった自分の浅慮を恥じた。小生もまだまだだな…。