「紙の月」感想


 角田光代原作のサスペンス小説を、桐島、部活やめるってよ吉田大八監督オリヲン座からの招待状宮沢りえ主演で映画化。

 いきなりで何だが、小生は宮沢りえが嫌いだ。単純に見た目が好きじゃないというのもあるが、昔から「私って可愛いでしょ?恋してくれちゃってもいいのよ」的な雰囲気と、大物芸能人に擦り寄って仕事をもらっている感じが鼻につき(実際どうかはともかく)、かつてはテレビに顔が映った瞬間にチャンネルを変えるほど、忌み嫌っていた。

 そんなわけで、本作も当然スルーするつもりだったのだが、「八日目の蝉」角田先生×「桐島」吉田監督という、近年の日本映画界でも信用できる御仁二人が初タッグを組むと知り、さらに予告映像の出来もすこぶる良好。俄かに興味が湧いてしまい、結果、意を決しての鑑賞と相成った次第。

 で、結論を言うと、非常に素晴らしい出来。平凡な主婦が不倫相手との交際費のため、巨額の横領に手を染めていく過程を丁寧に描きつつ、誤解を恐れず言えばどこにでもいる「善良な一般人」の奥底に眠る、邪な感情の爆発を、鬼気迫る、しかし極めて美しいタッチで表現した秀作。
 かつての「可愛いでしょ?」顔を完全封印し、歳を重ね、いい意味でやつれた味わいのある、文字どおり身体を張った演技を見せてくれた宮沢りえの女優としてのポテンシャルの高さを、今さらながら認めざるを得ないほど確認できた。相変わらず、彼女の事はいまいち好きになれないが、彼女の活躍なくして、本作の完成はありえなかったと断言する。

 いわゆる性根の腐った悪人ではなく、当たり前に生活するごく普通の人間が、ほんの少しの良心、あるいは些細なきっかけにより、みるみる人生の歯車を狂わせ、ついには決して抜け出せない泥沼へとはまり込んで行く様は、下手なホラー映画以上の戦慄。吉田監督は巧みなキャメラワークとカット割りと音楽、例えば冒頭の整理整頓が行き届いていたリビングが、横領した金で過ごした夢のような時間が去った後、散らかり放題になっている等の対比、あるいは罪悪感を払拭するかのごとく自転車をがむしゃらに走らせるシーンを用い、「普通の人間が、とんでもない事をやらかしてしまう」このショッキングな物語を、よりスリリングなモノへと仕上げている。

 主人公を追い詰める(?)ベテラン女性銀行員演じる小林聡美さんが、またいい仕事。いつもの飄々とした雰囲気とは一変、やはりごく普通の銀行員でありながら、規律と誠実を重んじる本作の精神的支柱として堂々君臨。場面に登場するだけでとてつもない緊張感を生み出す、ラスボスさながらの圧倒的存在感が、主人公への感情移入と、不正が白日の元に晒されようとする高揚感、相反する二つの感覚を気持ちよく融合させる事に成功させている。
 謀らずも主人公を呷る形となる、大島優子(エンドロールを見るまで誰だか分からなかった)演じる若い銀行員が負とするなら、彼女はさしずめ良心の具体といったところか。しかし、そんな彼女達のうち誰もが、実は主人公のように間違いを犯す可能性を、さりげなく示唆している点にも注目したい。

 それだけに、個人的にあのラストは正直どうかと、首を傾げてしまう。例によって詳しくは書けないが、アレは宮沢りえだから許される、いや、実際には許されないのだが、何となくキレイにまとまったと思えるだけのように感じられる。例えば、これが片桐はいりさんやそこそこ美人で通ってる女芸人だったなら、最低でもパトカーに轢き殺されるぐらいの、悲惨なオチになっていた事だろう。美人は得とは言ったもんだが、何か最後の最後で騙されてる観満載だったような気がするのは、小生だけか?

 まあとはいえ、近年の日本映画では、間違いなくトップクラスの完成度。御涙頂戴劇や中途半端な大作にはいい加減飽き飽きというそこの諸兄姉、これは必見ですぞ。


 ☆☆☆☆★−

 つーか、宮沢りえって自転車乗れないんじゃなかったっけ?誰かと間違えてる?ん?ん?星4つマイナス!!


(違)